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2025年2月18日火曜日

寒い冬




正月の大掃除、不要な工具を買い取り店に持って行った。 

大掃除の本質は 処分する・手放す とする。私の場合そうしないと片付かない。

古いモデルなので、二重絶縁かどうか分からないグラインダーは少し心配だし。
サンダーも同じく古いもので紛失したパンチングプレートがもう入手出来ない。

お役御免になった彼らを労い買い取ってもらう。今までありがとう。

不動品でなければ僅かだが値がつく。

家が広くなるのもいい。


・・・


柳沢の 「 からくら 」 ていうスパイスカレー屋

週3位しか営業してないし、13:30オープンと時間も微妙だしでなかなか行く機会がない。
駅からも遠い。
店舗駐車場もないので、近隣のコインPを利用する。


カレーは3種類で、単品も2種盛りも3種盛りも出来る
山椒キーマ
辛口チキン
ポークビンダル


めちゃくちゃ美味しい
けれど正午12時頃くらいには食べたいな、というくらい腹時計はジジイである

普通ではない営業時間についてマスターに聞きたいが、よく喋る客にはなりたくないので聞けない。

からくらは柳沢バルにて週1位で間借り営業もしてるって事なので、それ今度狙ってみよう。


・・・


仕事スナップ

2年に一度位足場上での仕事がある
これはマンションの5F

年齢と共に高い所も本当に怖くなった。
死ぬわけないと思っていた若い頃と違い、人生の終わりがぼんやりとでも見えてきたからのような気がする。
身の回りのモノは減らす、それとやりたい事はやれたらいい。








2024年6月15日土曜日

GW05 (秦野へ鶴巻へ)

 



GW真っ只中。
学生時代に4年間暮らした町に来てる
友達らが暮らしてたアパートを巡ろう


大学入口から秦野方面に登ったところにあるスリーエフはヤマザキになっていた。
当時は派手なコンビニだったはずだが、町の酒屋みたいになっていた。
普通は逆だと思うのだが。
この裏には荻の住んでたアパートがあるな。

荻のアパート。こんなにボロかったっけ?
学生街あるあるなのか、どこも自転車置き場とかゴミ置き場がワヤ。


その近所の弁当屋、丁字屋
ノリ弁に明太子が敷き詰められた九州弁当が好きだった
荻のアパートで遊んでいる時は、ジャンケンで負けた誰かがこの店に買いに来た。
荻は家主だからという理由でジャンケンに参加せずとも買ってきてもらえた。

丁字屋の隣は鉄板焼きタマル
フワフワでめちゃくちゃ美味しいお好み焼屋だが、学生には高価なのでたまにしか行けなかった。白髪で角刈りの大将が焼き方にうるさくてそれがイヤだという友達も多くいたが、私は気にならなかった。

ここでランチを頂いた
豚ロース焼き定食

この日厨房に立つ40~50歳位の店主を見てすぐ分かった。白髪の大将に似てる、息子に違いない。声かけたい。
だけど気をつけねばならない、感慨深いのは久しぶりの私だけだ。店主にしてみたら何てことない一人の客だ。
我慢できずに声掛けてしまった。「卒業以来26年ぶりに来ました」

店主も大女将さんも喜んでくれて良かった。
白髪の大将は8年前に亡くなったと話してくれた。


それからテイジロウや野口のアパートを探したが、見つからなかった。
恐らく取り壊されたのだろう。

一番ビビッたのが裏山の麓にあるタケの住んでたアパート。
廃墟になってた。これまだ住んでる人いるのかな。
ここでタケはSteedを盗まれたな。




東側の隣町・秦野に移動した。バイトしてたボウリング場のある町だ。
そのボウリング場は20年位前に閉館してる。
中華食堂 ふたば
看板が消されているので閉業したのであろう。
バイト前とか休憩とかによく食べに行った。私はいつもチャーハンだった。
店主の宮島さんはボウリング場のお客さんでもありお世話になったが、さすがに突然の訪問はしなかった。


バイトの駐車場
こういう意味ない場所がやけに思い出だったりする。
学生が車を持つくらい田舎なんだ。
私は48万で買ったP10プリメーラに乗ってた。
走り屋じゃないけど、5速MTのSRエンジンは楽しい車だった。
 
秦野にはもんじゃ焼きがめちゃくちゃ美味しい桃太郎と言う鉄板焼き屋があったけど、それは無くなっていた。

バイト先の社員の鈴木さんが住んでたル・ラゴン
ル・ラゴンという名称がなぜかツボで、みんなそう呼んでた。

鈴木さんの住戸は社員寮扱いで、他支店の社員が出張で来たら同室に泊まってたけど、2DKとはいえ今思えば無茶だな。
それ以上にバイトの我々が週に3日は遊びに来てたからプライバシーなんて無かったような。
バイトが終わって、ゲンコツラーメン食べて、ここでみんなで麻雀した。

新入社員の高橋さんもこの社員寮での生活が始まったけど、こんな所への人事配置は想定してなかっただろうな。バイトが溜まり場にしてる寮なんて。



西側の隣町・鶴巻温泉に移動した。
今回の目的地のひとまず最後である。
駅の近くに温泉旅館が数軒ある。

学生達のバイト先としてもお世話になる旅館で、大和旅館では野口、陣屋ではコウダと荻がバイトしてた。
コウダはアパートで炊飯器内のご飯を保温のまま夏休みに二ヶ月帰省してしまい、その後戻ってきても怖くて開けられずそのまま1年放置してしまった男で、あれ最後どうしたんたっけ。

鶴巻にはヨコタが住んでた。
ヨコタは荻の彼女で、我々は荻のアパートと同じくらい横田のアパートにも遊びに行ってたな。
彼女は札幌の高校の時の友人で、上京してここから厚木の看護学校に通っていた。
上京して最初の1年位は東久留米の高庄亭の上のマンションに住んだという謎の奇跡がある。


鶴巻温泉駅のすぐ近くの弘法の湯
さて日帰り入浴して東久留米に帰ろう。

この春、各方面の旧友と会う機会があった。ちょっとしたタイミングは能動的に掴みにいこう。
それも一つのきっかけで、ゴールデンウィークに学生時代を暮らした町を訪れた。
近寄りたくなかった町は、、、
まだ上手く言語化出来ていないが少し克服できた気がする。

くだらない記事を読んでくれてありがとうございました。















2024年6月8日土曜日

GW04 (母校へ)





大学ではほとんど成果は出せなかった
遊びやバイトばかりだったな。

厚木JCTから小田原厚木有料道路に乗り換え南下する。
一人暮らしを始める時に、父のトヨタで両親と共にアパートに向かった道だ。後方には引越し屋のトラックが追走してた。

厚木~伊勢原~平塚の田園風景を走る。
卒業後も稀にドライブや出張でここを通過する事はあったが、大学の思い出が蘇るので好きじゃないというか何かムズ痒いというか胸が締め付けられる思いのするエリアだ。
今回は通過ではない、目的地が大学とその周辺の地だ。



平塚料金所を下りて金目川沿いを10分ほど走ると、当時のアパートに着く。
数えると26年ぶりだ。
写真右に見える物件である。2F建ての木造アパート。変わっていない。
左に見えるフェンスの内側は、私の通った大学のキャンパスだ。
大学に近いアパートにしたんだ。

あの春、一人暮らしの荷物なのでアパートへの搬入もすぐに終わった。
父と母は「じゃあ父さんたちは帰るぞ」と言ってすぐに帰った。息子が家を出て一人暮らしを始める日である、3人で夕飯でも食べに行くのが普通なのかもしれないが、私の性格がそういう事にしなかったんだと思う。そんな親不孝息子だ。



友達といえば付属高校からの友人やバイト仲間ばかりで、大学には仲良く共に過ごすような仲間はいなかった。私がひねくれてシャットアウトしていたのだ。

この町での生活は楽しかったんだ。
勉強が本業の学生らしくなかった。
それが恥ずかしい。

そのせいで避けていたこの町を訪問することにした。卒業以来26年ぶりだ。
過去の愚行にちゃんと向き合って、全ての関わった方に懺悔したいのかもしれない。



駅を見に行ってみよう。
小田急線東海大学前駅
変わってて昔と全然違う


目の前の万年山(居酒屋)が入ってるビルはまだあった。
万年山では直相がバイトしてたな。
ここで泥酔した私は、2コ上の石丸さんに会って「石丸さ~んヒック、、」と声かけたけど、
え?オレ違うよ と相手にされなくて、それでも「石丸さ~んヒック、、」と絡んだ。
あれ絶対石丸さんだったよな~。


駅前道路
右手には変わらず横浜銀行が見える。道幅は2倍ほどに広くなっている。
その先のダイエーは閉店してて、そのもっと先の炉端焼き「司」はまだやっていた。


駅からは大学までは15~20分歩く。登り坂が続くし結構大変。
学生街らしいアパートが並ぶ。
新しい物件も増えている。
道沿いにあったいくつかの古い定食屋はほとんど変わっていた。つまりあれだ、賃料のかからないスタイルじゃないと飲食店は難しいのか。




あの頃既にボロかったアパートは取り壊されたのだろう。
例えばこの通りにあった斉田が住んでいたアパートは無くなっていた。小樽の斉田。
古いタイプのアパートとか、懐かしい。

一歩一歩、当時を振り返りかつ反省しながら歩いた。
当時嫌いだったこの町を克服したい。

大学へ向かう道の最後の砦
大階段
広くなってるし、左にはエスカレーターが設けられている。
ノスタルジイな学生街に似合わない最新エスカレータだ。
市と大学が共同で設置したようだ。



着いた
1号館
入学直後の色々な手続きとかやった校舎
あと四年生になってまで一年生に混ざって受講した中国語の校舎。恥ずかしかった。
その位成績は悪かった。



大きなホールの2号館
新1年生が一堂に受ける講義とかここだった。
春の浮足立った大学生とか超イヤだった。自分も同じなのに。


私が一番利用した14号館
1コマ90分の授業は地獄だった
じゃあなんで大学行ったんだ



ゼミ室があった3号館
2階の渡り廊下で休憩時間を過ごした
魂の友達はいなかったけど、共に過ごしてくれた彼らには感謝してる。



坂を下って南側に行ってみる
GW中なので学生はほとんどいない
こんな日に大学にいるのはスポーツ部に注力する素晴らしい学生と、勉学や文化に勤しむ真っ直ぐな学生だろう。
本当に頭が下がる。


運動場も整備されてトラックが新しくなってた。
入学した春だったな、午後の体育の授業中、私はランチで食べたカツカレーをゲボった。
1000m記録会走って気持ち悪くなり、そのまま校庭の隅の樹木に隠れてゲボった。胃液を吐きながら涙目になってた。友達のいなかった私には誰もフォローに来なくて、心折れた私はそのまま授業をトンズラした。
そんな苦い思い出も回収してやるんだ。





ゴールデンウィーク、家族で出掛けない私は1人で帰省した、第二の故郷に。
そう、第二の故郷と言えるほどの思い出があるんだ
目を背けるのはやめよう。



続く





 

2024年4月3日水曜日

雑記




雪の夜はやきとり屋に行った。
ガラガラに空いているだろうと思ったら、意外と混んでて驚いた。
おそらく悪天だからと早めに退社した会社員が多かったんだと思う。
そんな時こそ一杯呑むチャンス。
この夜は家の入口を少しだけ雪かきしてから寝た。深夜の冷気で凍ったら危ない所だけ。

翌朝は至る所で雪かきをしてくれている人がいたが、それは老人が多い。
そうだよな若い人や働き盛りの中年は忙しくてそんな時間はない。私は雪かきをしてる野島さんや市川さんに敬礼をしながら、仕事に向かった。


・・・


物置を整理していたらキーボックスが出てきた。数字4桁で開くタイプもの。仕事上キーボックスは3つ4つ持っている。
色々な4桁を試すが全く開かない。
長く使わない時は解錠番号を本体にメモっておいたりするのだが、それも無い。
開かないキーボックスなんてゴミでしかないぞ。困った。

その夜晩酌しながらやみくもに4桁を連打した。
するとわずか5分位でいきなり開いた。
しかも全く覚えのない4桁で。
という奇跡。

建築現場に設置してあるキーボックスの動きの渋さと言ったらない。
ダイアルが片方向回転しかしないのはもう普通だし、とにかくスムーズに動いてくれない。
鍵穴スプレーはいつも車に積んでいて、動きが渋い時は注粉する。

本来は現場監督の雑務だろうが、別に他の人間がやっていけない事はない。
付き合いのある監督らもほとんどが年下になってきた。忙しく走り回る彼らにはこういった時間がないのも分かる。年輩者としての行動をなるべくしてあげたい。


・・・


三輪さんがチンクに乗ってきた。なんという先輩だ。
新型ディフェンダーや漆黒のAMGに乗る先輩はいないが、
こういう人が身近にいる我々は何がどうしてこうなった。

ちょっとその辺走らせてもらったけど、尋常じゃない運転のしにくさである。
ルパンのようにあんなカッ飛ばせないよ。







2024年3月11日月曜日

今週末は土浦へ



建築内装工事業は12月と3月が忙しい時期である。

年明けや4月からの新生活に向けて住宅の需要が高まりそれに向けて工事が増える。それは新築だったりリフォームだったり。

そんな個人的にドタバタしているなかもう今週末だ、、、3/16(土)ー17(日)

土浦レイクサイドバイクロア4

https://bikelore.jp/tlb4/

私は例によってBABYLOREの出展で行く。

みなさん現地で会いましょう。


・・・


今週末は土浦レイクサイドバイクロア4、来週3/24はbibliのマルシェに出展、3/25は子供の卒業式である。

卒業式なんちゅーのは大人しく丸腰手ブラで参列すればいいものを、私はなんの拍子かアフターパーティを企画している。

世に言う謝恩会だと思うが、昨今はその謝恩会も行わない学校が多い。たしかに無理な話である。100人の卒業生がいれば約200人の保護者がいる。それと担任の先生。卒業生の弟、妹。軽く見積っても350人。それらが一度に入れる店thingsはほとんど無い。いや、品川プリンスの鳳凰の間的ななにかか。

母親だけとか入替制とかを工夫して開催している学校もあるが、それでもかなり難しいプロジェクトであろう。


妻の反対を横目に、私は職員室に凸った「先生、アフターパーティやるから来てね」


スケジュールは完全にバグった。





 

2024年2月13日火曜日

インフル正月



娘がインフルエンザだったので正月休みはゆっくり家の事をした。

クローゼットや押し入れを全部空にして、掃除機をかけたり。

年末は忙しくて何も出来てなかったので、ちょうどよかったかも。
本気トイレ掃除とUBドアのカビ取りも楽しかった。
古い家だから掃除とかカビ取りとかは大変である。

エアコン室外機のドレンホースを修理したり、

キャンプ用品を棚卸ししたり、

垂れ下がり気味だったカーテンレールを修理したりした。

この世で一番地味な正月な気がする。




娘は宿題の書き初めをした
まるで絵を描くように何度も書き足して線の太さを調節してるのだが、現代はそれもアリなのか。



・・・


東京クラシックス

金山町のとある大屋敷にあるビートル。向こうにはヴァナゴンも見える。
その奥のガレージにはヨーロッパ製の古いバイクとか紅の豚に出てきそうなビンテージカーがチラっと見えた事がある。
あのナイスカラーのヴァナゴンについては、いつか譲ってもらえるかななんて勝手に思ってもう10年以上たつ。
10年たって私はいまだに旧い車が好きだけど、いまや旧車を買うようなヴァイタリティと情熱は無くスズキの660ccに乗っている。




2024年1月31日水曜日

深谷ねぎ 

 




バイクロアでお土産にもらった深谷ネギ、極太である。
今年もやまだ家のひろみちゃんがフライオーバーから遠投したアレと同じネギである。
ネギを投げる彼女は学生時代槍投げの選手だったという冗談みたいな話は、冗談でなく本当の話だった。



灯油ストーブの上で、醤油を垂らしながら焼酎と一緒に頂く。
エアコンが苦手な私は灯油ストーブが冬の暖である。
面倒な灯油の購入やストーブへの給油は私の仕事だ。なぜなら妻はエアコンで越冬すればよいと言う。


灯油ストーブには鍋thingsなら何だってのせる。
エコだし冬の風物詩だし楽しいのだが、妻は危ないから止めてという。
12月25日の妻の誕生日はノールックでハットリさんと呑みに行く予定を入れてしまったが、妻はよく出来た人なので快諾してくれる。


・・・

12月28日、娘のほっぺがいつもより赤く火照っているように見えた。
心なしか元気もないような???
「ホッペ赤くない?」と娘に問うと「は?いつもじゃん」と答える。

12月29日、打ち合わせのため私は午後から家を出た。
すると17時頃に妻よりLINEがあり、娘が発熱したと。

12月30日、娘を休日診療に連れていった。
滝山のわくわく健康プラザ
インフルエンザA型陽性。
陰性だと思っていたのでちょっと豆鉄砲食らった。
正月休みの予定がフっ飛んだ。
のは仕方ないとして早く良くなっておくれ。












2022年5月16日月曜日

大宮のbibli



大宮のbibliというスペースで月1開催されている「みんなのマーケット」「みんなのマルシェ」というイベントがある。名称は月毎に変わるようだ。

babyloreは2回に1回ほど出展させてもらっている。

10店~ほどの物販、八百屋、スイーツ、クラフトビール、キッチンカー、花屋などが出店する小さな市場である。


私は二か月に1度行っているわけだが、都度都度出店者が異なるので楽しい。
半分位はいつもの方で、もう半分が入れ替わっている感じだろうか。


babyloreでは、移動遊具を設置したり、子供向けワークショップをやっている。

木ねじ打ち込み体験会

初めに簡単に手ほどきしたら、後は好きにやってもらう。
子どもと一緒にやってるうちに、パパさんママさんが楽しくなってくれるのも嬉しい。
インパクトドライバーは打つだけでなぜか楽しいのだ。


ポスカを置いておけば、自然とお絵描きが始まる子供達の習性はとても可愛い。
画用紙でなく木材やテーブルに直接書いてもいいいつもと違う何かを感じているかもしれない。





bibliというのは大宮駅から東へ900mほど、旧大宮図書館跡地をリノベーションしたコモンプレイス。大きなモールではない、こじんまりした旧い建屋である。 

まだまだ手探り状態のイベントだと感じる。

是非一度来場して雰囲気を感じてもらいたい。そして何かアイデア溢れる方は、コンタクトを。

bibli公式webサイト

https://bibli.jp/


大宮氷川神社へ続く参道沿いで、お散歩にいいエリアである。

私はいつもトラックで出展するのでノンアルコールなのが少し寂しいが、
最近はそれをも楽しむスキルを身に付けたいと思う。



・・・


孤高の人


なんでタグとっちゃうんですか?

ついてると重いから